朝の連続テレビ小説『ちむどんどん』(NHK)などに出演し、俳優として活躍している宮沢氷魚(みやざわ ひお)さん。
2024年1月16日に女優の黒島結菜(くろしま ゆいな)さんと事実婚の関係にあることと、第一子を授かったことを発表しました。
そんな宮沢氷魚さんの父親は『島唄』で有名な歌手の宮沢和史(みやざわ かずふみ)さんです。
ファンの間では「お父さんの若い頃と氷魚くんの顔がそっくり」と話題になっており、同時に親子のエピソードにも注目が集まっています。
この記事では宮沢氷魚さんの父親についてやデビューのきっかけなどの気になる情報をお伝えします!
宮沢氷魚の父親は島唄で有名な歌手の宮沢和史!
名前:宮沢 和史(みやざわ かずふみ)
生年月日:1966年1月18日
出身地:山梨県甲府市
身長:171cm
職業: シンガーソングライター、俳優
宮沢氷魚さんの父親は、ロックバンド『THE BOOM』のボーカルとして活躍していた宮沢和史さんです。
宮沢和史さんは1986年に同バンドを結成し、1989年にシングル『君はTVっ子』とアルバム『A PEACETIME BOOM』でメジャーデビューしました。
1992年には4thアルバム『思春期』をリリース。本作でバンドを代表する大ヒット曲『島唄 (オリジナル・ヴァージョン)』を初めて収録しています。
その後もヒット曲を連発しますが、1997年に各々ソロ活動に集中するため、『THE BOOM』の活動を一時休止することを発表。
1999年に活動を再開し、国内外で枠にとらわれないさまざまなジャンルの音楽に挑戦しています。
そして、2014年12月に『THE BOOM』の解散を発表。その翌年から本格的にソロ活動をスタートさせ、現在も数々の名曲を作詞作曲しています。
ミュージシャンやアーティストのイメージが強い宮沢和史さんですが、実は俳優としても活躍しているんです。
2011年に放送されたドラマ『JIN-仁- 完結編』(TBS系)では新撰組局長の近藤勇役を好演。同年にはドラマ『南極大陸』(TBS系)で木村拓哉さんと共演しています。
2014年には映画『るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編』に出演。同作では大久保利通役に抜擢されています。
出演する作品はどれも話題になったものばかりで、主演に負けない存在感を発揮しています。
宮沢氷魚と父親は顔がそっくり?若い頃の写真で検証!
宮沢氷魚さんは父親の宮沢和史さんと顔がかなり似ているといわれています。
とくに若い頃の宮沢和史さんとそっくりなんだとか。さっそく画像で見比べてみましょう!
宮沢和史さん
宮沢氷魚さん
顔の輪郭や一重で切れ長の目、鼻筋がそっくりですね。髪型をどちらかに寄せればさらに似るのではないでしょうか。
2015年の『ORICON NEWS』のインタビューでは宮沢氷魚さん本人が、「『お父さんと顔が似ているね』といわれることがある」と話しています。
――声質もお父様に似てるんですね。お顔も似てるって言われませんか?
言われます。ライブ会場に行くと、ファンの方に「息子さんですか?」って、声をかけられます(笑)。特に昔からお父さんを知っている人には、若い頃にそっくりって言われますね。喉仏が似てるって(笑)。
引用元:https://www.oricon.co.jp/special/48279/
そんな宮沢氷魚さんのイケメンな顔立ちは父親だけでなく母親譲りの部分もあるといいます。
宮沢氷魚さんの母親の写真がこちらです!
顔立ちや瞳の色が美しいと話題になっている母親の名前は光岡ディオン(みつおか ディオン)さん。
後ほど詳しくご紹介しますが、ディオンさんはアメリカ人と日本人のハーフのタレントで現在はラジオのパーソナリティなどで活躍しています。
宮沢氷魚さんはクォーターということで海外の血を受け継いでおり、きれいな薄茶色の瞳をしています。
ネットでは「カラコン?」と騒がれたことがあるようですが、本人が生まれ持ったものだと証言し、「色素が薄いため太陽の光にはとても弱い」と語っていたそうです。
宮沢氷魚は父親が命名!由来は?
宮沢氷魚という響きが素敵な名前は本名なのでしょうか。
調べてみると、2023年4月25日に放送されたバラエティ番組『ザ!世界仰天ニュース 2時間スペシャル』(日本テレビ系)で本人が「本名です」と名前について言及しています。
芸名についての話題で「改名するならどんな名前にするか?」と聞かれた宮沢。「“宮沢氷魚”って名前は本名なので」と明かすとスタジオからは驚きの声があがった。
引用元:https://mdpr.jp/news/detail/3718347
この名前は父親の宮沢和史さんが命名したそうで、その由来についても明かしていました。
宮沢は名前の由来を「琵琶湖に鮎の稚魚で“氷魚”って名前の魚がいて、その魚が透き通ってピュアな魚なので『きれいな存在になって欲しい』」という願いが込められていることを打ち明けた。
引用元:https://mdpr.jp/news/detail/3718347
琵琶湖に生息する鮎の稚魚『氷魚』のビジュアルが美しいことから、名付けられたなんてロマンチックすぎます。
ちなみに父親の宮沢和史さんは大の釣り好きとして有名です。
釣りをしている最中に息子の名前を思いついたのでしょうか?気になりますね。
また、宮沢氷魚さんは『ジャスティン』というミドルネームがあることを告白。
番組では、改名するなら『ジャスティン宮沢』がいいと提案し、共演者から「ピン芸人みたい」とツッコまれていたようです。
宮沢氷魚は父親の影響で芸能界入りした?
1994年にアメリカのサンフランシスコで生まれた宮沢氷魚さんは帰国後、幼稚園から高校まで都内のインターナショナルスクールに通っていました。
そのため英語はペラペラ。2013年には毎年、入学志望者が殺到するという『カリフォルニア大学サンタクルーズ校』に合格しています。
そんな宮沢氷魚さんが、芸能界を志すようになったきっかけはなんだったのでしょうか。
調べてみると、2015年9月28日の『FASHIONSNAP』のインタビューでその理由を語っています。
中学3年か高校1年の時に見に行った父のライブです。それまでは興味なかったんですけど、沢山のファンやスタッフに愛されて、支えられながら人前でパフォーマンスをすることは素晴らしいことだなと、急にぐっときたんですよね。
引用元:https://www.fashionsnap.com/article/hiomiyazawa-interview/page/2/
子供のころは忙しく働く父の姿を見て「芸能界は嫌なところ」と思っていた宮沢氷魚さんでしたが、実際にライブを鑑賞してから考えが一変。
大きな会場で歓声を浴びながら歌う父親の迫力に圧倒され、自分も表舞台に立ちたいと思うようになったそうです。
しかし、父親の和史さんは「芸能界は厳しいところだからお前には向いていない」と大反対します。
そこで宮沢氷魚さんは「事務所に入ってしまえばこっちのもの!」と考え、父親に内緒で履歴書を送り、最終面接までこぎつけます。
しかし、いざ入所するとなると両親の名前や職業を明かさないといけません。
宮沢氷魚さんは仕方がないと決心し、『宮沢和史』と契約書にサイン。そこで、親子の関係がバレてしまい、事務所の関係者たちを慌てふためかせたそうです。
事務所に所属する直前に父親に芸能界入りすることを伝えた宮沢氷魚さん。また反対されるかと思いきや、その返事は「おお、やるのか?」というあっさりしたものだったといいます。
しかし、「厳しい世界だから頑張れよ。舐めたらヤバイよ」と忠告され、今でもその言葉を自身の励みにしているそうです。
その後、男性ファッション誌『MEN’S NON-NO(メンズノンノ)』で『30代目メンノンモデル』としてデビューした宮沢氷魚さん。
2015年に初めて誌面に載ったときは父親の和史さんが一番喜んでいたそうですよ。
宮沢氷魚は父親だけでなく母親も有名人!
宮沢氷魚さんの母親は前述した通り、タレントの光岡ディオンさんです。
アメリカ人と日本人のハーフとして神奈川県で生まれ、大学は『国際基督教大学教養学部語学科』を卒業しています。
音楽番組『MTV JAPAN』や『Tokyo Music Joy』のアシスタントや『CNNヘッドライン』、『CNNモーニング』のナビゲーターとして活躍後、1994年に宮沢和史さんと結婚。
出産後も育児と仕事を両立し、現在もラジオパーソナリティを務めるなど、タレントとして活躍しています。
宮沢氷魚の兄弟は?
宮沢氷魚さんには弟と妹がいて、それぞれ別の道で活躍しているようです。
2歳年下の弟の名前は宮沢海実(みやざわ かいみ)さんといい、現在はアメリカで弁護士をしているとか。
バラエティ番組『ザ!世界仰天ニュース 2時間スペシャル』では、「野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の準決勝と決勝のテレビ中継に、弟が映っていた」と語った流れで、弁護士をしていることを打ち明けていました。
また、弟の海実さんは歌が上手とのこと。きっとお父さんの血を受け継いでいるのでしょうね。
妹の名前は宮沢琉歌(みやざわ るか)で氷魚さんとは4歳離れているそうです。
宮沢琉歌さんについて検索してみると『宝塚』というワードがヒットします。
そのため宝塚歌劇団に所属しているのかなと思いさらに調べてみましたが、証拠となるような情報はありませんでした。
まとめ
今回は宮沢氷魚さんの父親や家族に関する情報をまとめてみました。
芸能界入りのきっかけがお父さんだったことには納得ですが、最初は反対されていて自分の実力だけでデビューを勝ちとったエピソードには痺れました。
また、名前の由来もとても素敵でしたね。兄弟それぞれの名前に海にまつわる漢字が使われているところにも父親の愛を感じました。
宮沢氷魚さんは過去のインタビューで、「仕事を始めてみて、お父さんのすごさを実感するようになった」と話していました。
そして、「人気があって、長いこと一線でやれているお父さんを本当に尊敬しています」といい、「ゆくゆくはお父さんのようになりたい」と宣言しています。
ミュージシャンや俳優として芸能界で輝き続けている父親を超えることはなかなか難しいでしょう。
それでも宮沢氷魚さんなら、必ずその背中を追い越せるはずです。これからの活躍にも期待したいですね。
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